2007年5月15日

祖母の訃報、北海道行 その4

えーっと、5月に下書きのままほったらかしのエントリーです。
ちょっと加筆してその当時のまま投稿します(笑)
ちなみに6月分の下書きも残ったままですorz

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体の余裕が心の余裕、と思う。ネットに触る気もあんまりなし。
有休期間にもかかわらず会社からどんどん電話。
仕事を引き継いでくれた子は結局ほんとに役立たずというのを改めて思い知る。
ある処理が、ややこしくなるだろうからとホワイトボードに先生よろしく沢山書いて説明してあげたのに、結局というか案の定というか理解できていない様子。あれだけ説明に時間を費やしたのに全部無駄。

沢山取っていたはずのメモも参考にならない、しかもそこで出した指示をきちんと守ってなかったせいで周囲に迷惑をかけまくっている。
そのあたりのことも泣かすまで説教したのに堪えてないのな。
今後私のいた部署に仕事を頼むのは大変危険な状態と思われますので、関係者は注意しましょうorz


2月18日(土)深夜~
到着したのは苫小牧東港、もうすぐ深夜0時。ここから目的地まであと140km。
カーナビの案内だとAM3時に目的地に到着予定。タイヤはまだ夏タイヤ。
路面的にはしばらくこのタイヤでいけるが、雪の量もわからないのでどこでチェーンをつけるかは判断できない。
叔父に電話を入れると「高速に乗れば札幌あたりまではそのタイヤで来れる」。
日高道、苫東道路、道央自動車道、札樽自動車道と北上して(ほぼ道一本だが)小樽に入る直前の金山PAでチェーン着用して次のインターチェンジで降りたらで大丈夫だろうとのこと。

とりあえずその指示を聞いて地元民のペースに巻き込まれないよう一定のペースで走る。
走り出してまもなく日付が18日に。母親に「お誕生日おめでとうー」と。
滅多にこれない北海道の景色、といっても深夜だし運転手だし周りの様子なんか見る余裕なし。
時折見える気温計はマイナス数度なので常に路面に神経を集中。
道路の脇は除雪された雪の塊。時折路面に雪の塊が落ちててひやひや。
北上するごとに除雪された雪の量が多くなっていくのがわかる。

とりあえず無事に金山PAへ到着。AM1時半ぐらいだったろうか。
一旦休憩して缶コーヒーを飲む。冬場の北海道なのに思ったほど寒くない。
そしてタイヤチェーンの取り付け。これは親父がしてくれた。やはり慣れてるだけに早い。
20分後にはPAから出る。チェーンをつけての走行になるのだが、とにかくうるさい。
路面にまだ雪が無いのでガラガラと音を立てながら走る。時速も60km/hぐらいしか出せない。
振動でケツの穴が痒くなるっちゅうねん(笑)

そしてまもなく次の朝里インターチェンジで降りる。
いきなり街中は圧雪路である。チェーンの恩恵はここで初めて感じる。
親父は最初「高速降りてからチェーンを着けるか?」と言っていたが金山PAでつけて正解だった。
降りてからだと、圧雪路、取り付け場所の確保、照明のあるところを探すことさえ無理だった可能性があった。やっぱり地元の人の指示には従うべきと思う。

深夜の街中を走ると街中を歩く人が新聞配達の人とかが振り返ってうちの車を見る見る。
地元の人は今やスタッドレスが当たり前なので、ひどい騒音を立てて走る車に何事かと思ったんでしょうね(笑)

この時点で残りの距離は40kmほど。あとは峠越えが待っている。
山の中はものすごい積雪。かろうじて路面が除雪されているぐらい。
まあ、ここを除雪しておかないと小樽からキロロのスキー場まで直通でいける道が無いしね。
峠道をしばらく上るとひどく吹雪いている。ヘッドライトに照らされた吹雪がきれい。怖いけど(笑)
最大60km/hで走ってるのに地元の人がすごい勢いで追い抜いていく。慣れてる人ってやっぱりすごい。
そして峠を越え、下りがも緩やかになってきた。キロロリゾートの入り口も通過。

そしてようやく目的地である地元の公民館に着いたのでした。車を降りると従弟が出迎えてくれた。
中へ入ると通夜も一通り終わり、まだ酒盛りを続ける親戚、寝ている子供たちがいる。
人数が多いとはいえ、相当数の酒とビールの空き瓶。さすが俺の親戚と納得。
そして祖母と対面。ちっちゃかったばあちゃん、さらに小さくなってた感じ。安らかな顔をしていました。

そして手を合わせ、線香を上げる。そしてその酒盛りの中に否応無く引き込まれたのでした。

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