2010年12月16日

今年も終わりだぁ。その2

今年のことを書いてもかなりの量になるなぁ。自分がどこで納得するだな。
そして今年家族を大いに困らせた親父のこと。そしてまたあらたなる事象も発生する。ほんとうに大変である...。

■親父のこと。
3年ほど前だったか、親父が長年続けてきた仕事をやめて、「さあどう老後を過ごそうか」と本人も考えていたのだろうと思う。
しかしこれまでずっと仕事を続けてきて、これと言って本気で打ち込めるような、趣味らしい趣味が無い人だった。
仕事をやめて出来ることを少しづつ探していたのだと思う。ちょっと畑をいじっては中途半端で投げ出し、昔は結構いっていた釣りも道具を改めて揃え、数度行ったきりで行くのを辞めてしまった。
そしてすることも見つからなかったのか、家の中でこれまで使っていた仕事道具を片付けたり、倉庫を弄ったりしていたが、それもそれも終わったのだろうか、部屋で横になって、テレビを見て、その合間に酒を呑むだけという生活になった。

そして生活をしているうち、徐々に酒量は増えていった。横になっている時間は増え、体は見るからに痩せていく。酒量が増え食事が減ったこともあるだろうが、明らかに廃用症候群ってやつである。動かないから筋力がどんどん落ちていった結果である。

酒量はどんどん増えていく。2日に1本、紙パックの焼酎が空いていき、喉が乾いたら焼酎の合間にビールを飲む。一応気遣っているのか、自分や母親がいないときに眼を盗むように飲んでいく。空になるスピードが異常なので気づかないわけがない。また自分が買ってきた焼酎には手をつけないというスタンスだったのに、こんな状態では飲むかもしれないと隠していた焼酎も見付け出してそれぞれ底にちょっとだけ残して飲むような真似までしている。
そして酒が無くなれば買って来いと怒鳴る、買いに行く人間が居ないなら買いに行く。どれだけ喧嘩しようが酒だけは辞めなかった。

そしてもちろん体調は崩れていく。そんな状態だからと自分の意志で医者には行くが、もともと医者は信用していない、言う事を聞かない、喧嘩はする、貰った薬はすぐに効かないからと数度飲んでやめる。
もともと酒を飲んで薬なんか飲むほうが危ない。実際にまともな状態で無くなることもあった。
何以前に医者と話すのに調子が悪いのを酒が原因とは医者には言いたくない、認めたくないようで、もうどうしようも無い。

そして日常生活に影響が出てくる。徐々にまともに歩けなくなる。
すると「杖を買ってこい」といい、そしてそのうち立ち上がるのが難しくなると「ベッドを買ってこい」と。こちらもトイレぐらい自分で行ってもらわないといけないので、やむなく買ってきたがやりきれない。
いくら酒のせいだと言っても怒鳴るだけで聞く耳は持たない。母親も怒鳴られるまま酒を買ってくるしかなかった。
これまでどうにかアルコールを断つための病院に入れることを考えたり、どうにか飲まさないための方法を色々と考えたり、親父をなだめたり喧嘩したりしてきたが、このころは自分も母親もほとんど諦めて、当時は「もうこのまま死んでも仕方が無いわ」と話していた。このあたりで母親は仕事を辞めてしまった。

そしてさらに酒が祟り、普段からほぼ横になりっぱなしに近い生活となった。声もまともに出ない。肌は真っ黒。筋肉は削げ落ちて硬直し、ベッドから引っ張らないと起こせないほどの状態となる。座った状態を保つことも難しくなってきて、トイレにも困る状態となった。
ここまでなるとさすがに酒量が減った。とても飲める状態で無いのであろう。ただでさえ少なかった食事をほとんど取ることもない。食事時はかろうじて食卓前で壁にもたれるように座り、ちびちび焼酎を飲んでいる状態である。

さすがに私たちもいいかげん不安になる。
ゴールデンウィーク明けの朝、無理やり以前行っていたクリニックへ連れて行く。喧嘩をして以来、1年ぶりぐらいに行く医者だったとおもう。
親父も行くのを嫌がるも、流石に自分自信の体調が不安なのかあまり抵抗しない。いつもなら医者に噛みついているようだが、その時はそんな元気もなかった。
血糖値を測りその異常な数字にその先生は怒った。簡単にまとめると「肝臓が破裂して何時死んでもおかしくない、以前言った事を聞かないからだ」という。紹介状を書くから連れて行く人間(私)がいるうちに大きな病院に行きなさいと怒られる。
その先生の所に行った足でさらに車で15分ほど先の大き病院へ連れて行く。そこで糖尿内科の先生に見てもらい、一日掛かりで点滴をして薬をもらい帰った。

そしてすぐ次の週明けのこと。
自分が仕事から帰ってきて食事前に親父に声をかけたが返事をしない。体が異常に熱く、意識が混濁している。
酩酊気味なことはあってもこんな状態になるのは初めてのことであった。慌てて119番に電話をする。
10分もしないで救急車は到着した。状態を見てもらって救急車に乗せ、あと搬送となるのだが、救急隊員に普段行っている病院に付いて聞かれた。仕事柄なかなか病院が見つからずなかなか搬送されないケースは自分の体験にもあるし、話にも聞くのでもしかしてと考えていた。
先日、一度大病院に言ったことを話すと救急隊員はすぐそこへ問い合わせ。救急もしているところだし、先日見てもらったことから「来て下さい」ということになった。良かったと安堵する。
母親が救急車に同乗し、とりあえず自分があとから車で病院に向かうことにした。

あとから自分が到着すると、親父が入っている先に向かうとICUであった。親父はドラマで見るような心拍計や点滴をつながれ、いびきをかいている状態。自分と母親はその横でパイプ椅子に座って様子を見ていた。
そんな中、救急の医師がインターンらしい若い医師を連れてきて、その子に「これが糖尿病性昏睡で...」と説明を始める。
自分の中で危機感が高くなり、思わず涙が出そうになった。

長いね、まだつづく。

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